ハラスメント

どう対応? パワハラ防止法最前線~中小企業編~

中小企業に対しても、2022年4月から労働施策総合推進法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律、通称:パワハラ防止法。以下「パワハラ防止法」といいます)。が適用されることとなりました。パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)についての相談に応じるなどの適切に対応するための体制の整備が事業主に義務付けられたこともあり、現在は何も対応していないけれども、そろそろ体制を整えたいという人事・労務の担当者も多いのではないでしょうか。今回はそういった方に向けて、パワハラやパワハラ防止法の基礎知識、統計データ、相談窓口について解説していきます。

職場におけるパワハラとは

職場のパワハラとは、厚生労働省の指針によれば、職場において行われる下記3つの要素を全て満たすもののことをいいます。
① 優越的な関係を背景とした言動
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③ 労働者の就業環境が害されるもの
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲内で行われる指示や指導は、職場におけるパワハラではありません。例えば、書類の記載ミスや計上ミス、明らかに担当者の不手際によって発生したクレームなどに対し、上司が部下に注意することはパワハラではなく指導となります。ただし、何時間も立たせたまま全社員の前で叱責を繰り返したり、怒りに任せて容姿などを否定したりすることは、指導ではなくパワハラに該当します。
厚生労働省「あかるい職場応援団」実施の調査データ(平成28年)によると、過去3年間に、パワハラに関する相談を1件以上受けたことがある企業は49.8%、パワハラに該当する事案のあった企業は36.3%となっています。実に半数近くの企業がパワハラの相談を受けており、見過ごすわけにはいかない事態となっているのがお分かりいただけると思います。

下表(表1)は、職場におけるパワハラに該当すると考えられる例として、厚生労働省のリーフレット(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000683138.pdf)において公表されているものです。個別の事案の状況等により判断が異なる場合もあり得ますが、参考になさってください。

表1:パワハラに該当する代表的な言動の類型とパワハラに該当すると考えられる事例

代表的な言動の類型該当すると考えられる事例
⑴ 身体的な攻撃
(暴行・傷害)
① 殴打、足蹴りを行う
② 相手に物を投げつける
⑵ 精神的な攻撃
(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
① 人格を否定するような言動を行う。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む。
② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う
③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う
④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信する
⑶ 人間関係からの切り離し
(隔離・仲間外し・無視)
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる
⑷ 過大な要求
(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる
② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責する
③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせる
⑸ 過小な要求
(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない
⑹ 個の侵害
(私的なことに過度に立ち入ること)
① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする
② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する

パワハラ防止法とは

パワハラ防止法は、1966年に制定された「雇用対策法」を改正し、労働者が生きがいをもって働ける社会の実現を目的として2019年5月に成立した法律です。大企業では2020年6月、中小企業では2022年4月から施行され、職場におけるパワーハラスメント防止のために、雇用管理上必要な措置を講じることが企業(事業主)の義務となりました。そして、こうした措置を講じていない場合には指導・勧告の対象となり、勧告に従わないときはその旨が公表されることも同法に明記されています。
厚生労働省が発表した「令和3年度 3労働施策総合推進法の施行状況 ⑴相談状況」によると、相談件数は23,366件と対前年度比27.2%増となっています。 相談内容別にみると、パワハラ防止措置に関する相談が18,422件(全体の78.8%)、パワハラの相談を理由とした不利益取扱いに関する相談が1,115件(4.8%)、その他(16.4%)となっています(表2参照)。

弊社の「ハラスメント・人間関係ホットライン年次報告書2021年度版」においても同様に通報・相談件数の増加傾向が見られ(グラフ1参照)、こうした傾向は、パワハラ防止法施行に伴い、ハラスメントに対する従業員の意識が今まで以上に高まったことと無縁ではないと考えられます。まだ集計結果は出ていませんが、中小企業も法的義務化(2022年3月末日までは努力義務)の対象となった2022年4月以降、相談窓口に入ってくる件数は、更なる増加の傾向が見られています。

表2:相談件数の推移

令和2年度令和3年度
パワーハラスメント防止措置(第30条の2第1項関係)14,078(76.7%)18,422(78.8%)
パワーハラスメント相談を理由とした不利益取扱い(第30条の2第2項関係)896(4.9%)1,115(4.8%)
その他3,389(18.5%)3,829(16.4%)
合計18,363(100%)23,366(100%)


グラフ1:過去3年間の通報・相談件数推移

パワハラを受けた従業員は、精神的な負担やダメージを受け、本来のパフォーマンスが発揮できなくなり、業務にも支障をきたすようになってしまいます。また、ミスなどが続くことで、さらに複数のパワハラの標的となってしまう可能性があります。こうした状況において、相談する上司や同僚がいない場合や外部の相談先がない場合、従業員は一人で問題を抱え込むことになり、退職に追い込まれてしまうこともあるでしょう。このように貴重な人材を失うことで、企業側は新たな従業員を採用するための費用がかかるといったコスト面での負担が発生することになってしまいます。また、退職でなく休職になった場合は、定期的にその従業員とコンタクトをとったり、話を聞いたりし、復職への伴走をし続けることも考えなくてはなりません。
さらにパワハラの事実が明るみになると、企業イメージがダウンし、業績に悪影響が及ぶすことも考えられます。

パワハラを防止するために、企業側がすべきこと

ここではパワハラ防止するために、企業側がすべきことを解説していきましょう。
●研修や教育を通して、社員全員がパワハラに対しての理解を深める。これらは、計画的に実施する
自分のしていることが、客観的に見るとパワハラであるのに、パワハラではなく指導やコミュニケーションのひとつと誤認している上司もいます。また反対に、自己の力のなさやミスによって必要かつ相当な指導を受けたにもかかわらず、「パワハラだ!」と感じてしまう部下もいるようです。これらの誤解を是正し、円滑に業務が進められるよう、パワハラに関しての研修や教育を行うことが重要です。
研修内容については、
・新入社員:正常な指導とパワハラの線引き
・管理職:パワハラとならないためのコミュニケーション
というように、立場や関係性が異なるという点に配慮し、階層別に実施すると理解や共感が得られやすいでしょう。

●パワハラの定義やパワハラをした場合の処分を就業規則に明記し、周知徹底する
パワハラの行為者は、自分がしていることがパワハラと認識していないことが多く、中には、「まったく悪気がなかったが、冷静になって考えてみたら確かにパワハラだったかもしれない」など、指摘を受けてから自覚することもあるようです。
パワハラ行為による貴重な人材の離脱や企業のイメージダウンなどは大きな痛手です。こういったことを避けるためにも、パワハラ行為をしてしまうことの重大性を認識させ、行為の抑止につながるよう、就業規則に処分を明記しておくようにしましょう。さらに、先に伝えた研修や教育の中で「パワハラとはこういうもので、加害者になった場合はこういった処分が与えられる」という点も口頭で伝えるようにします。このような理解が進む取り組みをすることが、企業側には求められます。

●相談窓口を設置し、いつでも相談できる状態にする
企業側でパワハラが起きないように努めても、人間同士の関わりから双方でトラブルが起きてしまうことも想定できます。悩みを抱えた人は、まずはだれかに話を聞いてもらいたいものです。よって、企業側は対策のひとつとして、問題を一人で抱え込むことがなく、気軽に相談できるような窓口を用意しておく必要があります。
先にもお伝えしたように、パワハラ防止法が施行されてから、相談件数が増えているという現実もあります。また、ニュースなどでパワハラが取り上げられるようになってから、パワハラに対する世間の関心も高くなっています。相談窓口があるということは、安心して働ける環境が整っている企業という評価にもつながるでしょう。

パワハラ防止のために上記のような準備をしておく必要がありますが、もし問題が起きてしまったら、事実関係を迅速かつ正確に確認するようにします。そして、被害者、行為者ともに適切な対応を行い、同時に対策を考えて再発防止につなげるようにしましょう。

社内・社外の相談窓口 それぞれのメリット・デメリット

相談窓口は、社内だけでなく社外の第三者窓口に依頼するという方法もあります。ここでは、それぞれの特徴やメリット・デメリットをお伝えしていきます。

●社内に設ける場合
メリット
・費用を抑えて最低限の体制づくりや運用ができる。
・こうした体制整備が義務化されているが、明確な対策をしていない企業が多い中、社内でそういった体制を整備しているという点で、企業の意識の高さや向き合い方が社員に伝わる。
デメリット
・窓口担当者は兼務が基本となるため、運用がおざなりになってしまう可能性がある。
・窓口担当者の経験や知識が必ずしも十分でなく、人事・労務の担当者の負担になってしまうことがある。
・被害者、行為者、窓口担当者が社内にいるので、相談の事実を知られてしまうリスクがある。
・人事・労務の担当者は、パワハラの専門家ではないため、個人的な感情が入ってしまうことがある。この結果、中立の立場で対応できないことがある。

●社外の第三者窓口に依頼する場合
メリット
・窓口担当者の負担が減り、専門家に一任できる。
・社内で行うデメリットが解消されるため、利用しやすい空気をつくることができる。利用しやすくなることで、パワハラに起因する従業員の離職防止にもつながる。
・専門家に相談するため、解決につながりやすくなる。
・新たな人材採用のコストが低く抑えられうることを考えると、長期的に見れば、安価に収まることもある。
デメリット
・社外に依頼することになるので、その分のコストがかかる。

第三者窓口に依頼する際は、コストがかかることがネックに感じるかもしれません。コストをかけるとなると、どうしても目の前の費用対効果を考えてしまうこともあるでしょう。特に利用件数があまりないと、コストをかけてまで社外に依頼する必要があるのか?と考えてしまうかもしれません。しかし、こういった案件は利用頻度にその価値を求めるのではなく、中立的な社外窓口が設置してあること、気軽にいつでも利用できる窓口があること、担当社員の負担が減ること、抑止力になることがその真価だと認識しておく必要があります。パワハラによって発生する損失や損害は思っている以上に大きいものです。企業が健全に成長できるよう、改めて職場の環境整備の必要性を感じ、ベストな選択をするようにしましょう。

第三者窓口を選定する際のポイント

第三者窓口とひとくちに言っても、さまざまな企業や特徴があります。ここでは、選定する際のポイントを紹介していきましょう。

●対話力、傾聴力が備わっている相談員が在籍しているか
まず相談者は、自分の話を聞いてもらいたいものです。じっくり耳を傾け、相談者が納得できるまで対話を繰り返せる相談員がいるかどうかは重要なポイントとなるでしょう。

●経験や知識が豊富にあるか
相談を受ける人の経験値によってアドバイスできる内容は違ってきます。また、解決までのスピードにも差がでてくるでしょう。会社の営業年数の長さや実績数というのもひとつの目安となるため、企業のサイトなどでチェックしてみましょう。研修サービスを用意している、セミナー実績があるという点も見ておくといいでしょう。

●気軽に相談しやすい環境がどうか
話しやすかったり、気軽に話せたりするなど、相談しやすい環境が整っていることも重要です。気軽に話せるということは、相談がスムーズに進むことにもつながります。

●電話以外の対応方法があるか
話すことが苦手、通話しているところを聞かれたくないなど電話での対応が難しい人もいるため、WEBのフォームなどで対応している会社かどうかも重要です。

相談窓口の具体的なサービスについてご紹介

ダイヤル・サービス株式会社では、パワハラ防止法の中小企業義務化に対応している相談窓口「マモリナ」シリーズというサービスを提供しています。これには、専門知識がある有資格者の相談員が、24時間・365日体制でパワハラ被害の相談やセクハラ被害の相談などに対応するサービスが含まれています。通報や相談内容は相談単位で翌営業日に報告書として提出するため、ほぼリアルタイムでの把握が可能であり、記録として残せるというのもポイントです。
元々、大企業向けに提供している「ハラスメント・人間関係ホットライン」という商品がありますが、中小企業の場合費用面で導入が難しいという声がありました。そこで必要な機能やサービスを選別し、WEBでの利用を前提に利用しやすい価格に設定した「マモリナ」シリーズの提供をスタートしました。対象は、300名以下の中小企業で、電話での相談サービスはオプションとなっています。
近年の採用難から、相談しやすい環境を作って離職防止につなげたいというニーズがあるようで、中小企業からの問い合わせやご契約が増えています。相談のきっかけとしては、法律が義務化されたこと、社内でトラブルが発生したこと、上司の指示、社内のキャパオーバーなどが多く聞かれます。
●利用者の声
・夜間や土日祝祭日も対応可能なことに満足している。
・従業員のハラスメント相談へのハードルが下がった。社内窓口担当者の負担が減った。
・相談者が安心して相談することができている様子や相談内容を、的確に報告してもらっている。

「マモリナ」シリーズの詳細についてはこちらから https://www.dsn.co.jp/hotline/mamolina/

【参考資料:ハラスメント・人間関係ホットライン年次報告書 2021年度】

ダイヤル・サービス株式会社では、毎年利用者の声をお聞きし、年次報告書として公表しています。ここでは、データライブラリーの中からいくつかをピックアップしてご紹介していきます。

通報・相談内容をみると、人間関係とハラスメントの通報・相談が過半数をしめています。ハラスメント通報・相談内容の内訳としてはグレー判定、ブラック判定とも、パワハラ(精神的な攻撃)が最も多くなっています。

これからも「対話力」と「傾聴力」で時代のニーズに応えるサービスを提供していきたい

ダイヤル・サービス株式会社は、相談ホットラインとして50年の歴史があり、その分さまざまなケースに対応してきました。最近は、対面でのコミュニケーションから、チャットでのコミュニケーションが主流に。さらに、リモートワークの推進もあり働き方が大きく変わってきました。相談内容などからも、心身の生きやすさ・ワークライフバランス=メンタルヘルスに需要が変化していると認識しています。
対面から電話、電話からチャット、チャットからAI、と時代によって最適な手法が変わってきてはいるものの、当社では、これからも心を通わせられる人間としてできることを大切にしていきたいと考えています。悩みを抱え込まず、思いつめないで欲しいという気持ちは変わりません。
声や文字を通じて交わされる感情を大切に、「対話の力」と「傾聴力」で時代のニーズに応えるサービスを提供し続けていきます。

[監修者から総評コメント]

違法なパワハラと適切な指導との間には、明確な線引きがあるわけではなく、判断が微妙な事案もあります。他方で、明らかに違法なパワハラであるにもかかわらず、それが「企業風土」として根付き、黙認されているケースもあります。昭和の時代では普通に見られた厳しい指導風景は、令和の時代では不合理なパワー・ハラスメントに該当するおそれが多分にあり、経営者や部下を持つ上司の方々には「時代が変わった」ということを十分理解して頂く必要があります。

[監修者情報]

監修者:冨松 宏之
資格:弁護士、弁理士

自己紹介:
堀総合法律事務所パートナー弁護士・弁理士。予防法務から紛争処理に至る企業法務を核として、国内外の案件を担当する。上場企業等の社外取締役・監査等委員としてガバナンス・コンプライアンスを監督し、社外通報窓口も担当。ハラスメント等の調査に関する第三者委員会の委員も務め、顧問企業等の健全な成長・発展のために尽力する。

ハラスメント・人間関係ホットライン

パワハラ・セクハラなど各種ハラスメントの相談全般に対応する外部相談窓口