【シリーズ・内部通報制度】 内部通報制度と司法取引制度(2)

「内部通報制度と司法取引制度」

   合意制度の適用には不正の早期発見が重要            


 

1 司法取引の取り合い合戦に?!

企業が処罰対象となる不正が起きた場合,不正に関与した役員,社員は,「他人」である自社企業の刑事事件への捜査協力を約束して合意制度(司法取引)の適用を受けることができ,他方,企業も,「他人」である役員,社員の刑事事件への捜査協力約束の下,合意制度の適用を受けることができます。そうすると,極端な話,企業と不正に関与した役員,社員との間で,どちらが合意制度の適用を受けるのかの取り合い合戦になる可能性もあるでしょう。

もっとも,合意制度は,独占禁止法上の課徴金減免制度のような申請順位制度はなく,後順位者が刑事処分の減免を受けられなくなるわけではありません。また,検察庁が公表した「合意制度の当面の運用に関する検察の考え方」(法律のひろば2018年4月号(71巻4号)・48ページ)によると,合意制度の適用を受けるためには,単に不正の一報を入れればよいのではなく,多くの証拠によって裏付けがなされ,不正の実態を明らかにするものであると認められるような厚みのある捜査協力が必要だと考えられます。

したがって,社内調査権限を行使して多くの役員,社員から事情を聞き,メールデータや取引の帳票類など客観的資料を収集し得る企業は,なお合意制度の適用を受けるアドバンテージを有しているといえるでしょう。

いずれにしましても,不正に関与した役員,社員が合意制度の適用を受けることがあり得る中,企業が合意制度の適用を受けるためには,今まで以上に不正の早期発見を心がける必要があり,そのため,今は,企業が導入している不正の早期発見のための仕組みについて,今一度,その有効性を見直すよい機会です。

 

2 幅広く情報収集するための内部通報制度等の導入と工夫

合意制度の適用を受けるためには,自ら不正の端緒をつかみ調査を行い,全容を把握して検察官に申し入れるべきであり,不正の早期発見は重要です。その不正の端緒を掴む上で内部通報制度や社内アンケートの実施といった施策を導入している企業は多いと思いますが,有効活用のためには工夫の余地がまだありそうです。

内部通報制度についていうと,利用するための心理的負担を軽減する工夫がなされているでしょうか。不正等の発覚後,内部通報制度が利用されなかった原因を探ると,「おかしいとは感じたが不正との判断がつかなかった」と言われる例が多いです。これは内部通報をしなかった言い訳の可能性もありますが,内部通報の心理的抵抗があった可能性も否定できない以上,その障壁を取り除く工夫が必要でしょう。具体的には,

  • 内部通報制度の利用促進のため,親しみやすい名称とすること
  • 通報の際に不正であるとの確定的判断は必要でなく,「疑わしい」とか「おかしい」と思った事象でもよいことを周知すること
  • 小さな成果でも構わないので,内部通報の実績を紹介すること

といった試みが有効です。

他方,アンケートについていうと,幅広く情報収集を行うために匿名にする結果,一方的な情報提供となり,深掘りできないというジレンマを抱える例が多いです。そのため,アンケートを行う場合には,回答要領を例示するなどしてできる限り具体的な事実を書くよう促すことが必要です。例えば,「製品データが改ざんされています」という評価の記述ではなく,「製品Aの耐久試験が行われた後,データをパソコンで書き換えて改ざんしているとの噂があります」という事実の記述を心がけるように求めることです。

 

3 適切な社内調査体制の整備

不正の端緒をつかみ社内調査を行う場合,その都度,適切な調査体制を構築する必要があります。上記のような製品データ改ざんの疑いをつかんだコンプライアンス担当部署が,改ざんした疑いのある部署の管理職に改ざんの有無を確認させたにとどまり,不正を見逃した実例があります。不正が個人の利得につながりにくい場合,その不正は,上司の指示の下でなされている可能性もありますから,上記の例では,法務・コンプライアンスが直接,調査を行う体制を構築すべきです。

そして,上記のとおり不正に関与した役員,社員個人も合意制度の適用があるため,社内で不正が発覚した場合,不正関与者は,社内調査に応じるか,弁護士に相談して検察官に合意制度適用を申し入れるかの判断を迫られる可能性もあります。企業が不正を把握し合意制度の適用を受けるには,不正関与者のヒアリングは重要であり,不正関与者が社内調査に応じなくなる事態は避ける必要があります。そのため,就業規則等において,企業が社内調査を行う場合の調査協力義務を定めておくことも1つの方策です。

 

4 経営トップが不正を許さない姿勢を示す

最後に,企業が合意制度の適用を受けるために決定的に重要なことを述べたいと思います。

それは,企業の経営陣,特に経営トップが率先して,不正を許さないという企業の姿勢をはっきりと示すことです。検察による合意制度の当面の運用の考え方によると,合意制度を適用するには,刑事処分の減免を行うことに国民の理解が得られる必要があるとしています。例えば企業の経営陣が事実上,黙認していたと評価される状況で不正が行われた場合,その後,企業が社内調査権限を行使して不正関与者を特定したからといって,企業が合意制度に基づいて処罰を免れることに国民の理解が得られるでしょうか。

したがって,企業が合意制度の適用を受けるためには,まずもって経営陣が社員らに対し,不正を決して許さない,容認しない姿勢を明確に示すと共に,内部通報制度等の利用を促し,また,把握した不正の端緒を放置しないよう社内体制を整備することが大切なことなのです。

                              以上

 


【筆者プロフィール】

のぞみ総合法律事務所

弁護士 吉野 弦太氏

 

 

平成10年,司法試験合格・中央大学卒業。52期司法修習を経て平成12年に検事任官。長年,特捜部等にて企業犯罪捜査に従事。また法務省にて医療労働分野で国側訴訟代理を務める。その後,指導官として証券取引等監視委員会に出向し,多くのインサイダー取引や企業開示案件の調査を指揮。平成28年に弁護士登録。内部通報等による第一報から社内調査を経て最後の出口(事業継続是非の経営判断助言,広報対応,民事・刑事での責任追及等)に至るまでトータルでのサポートを提供。「法務を強くする」をモットーに社内調査の準備の仕方,ヒアリングの手法,書面作成要領など細部にわたりノウハウを提供する。