「コツ」は自分でつかむ

 「○○の心理学」とか「人間関係が上手くいくコツ」といった類の書籍が書店に並んでいると、カウンセラーという職業柄、つい手を伸ばしてしまいます。 一つのコーナーができるほどの種類があり、いかに多くの人が人間関係で悩んでいるかが伺えます。 どの本にも、ためになることが書かれているのですが、次々に新しい本が出てくるということは、どの本からも決定的な効果が得られなかったということでしょうか。 もしくは、やるべきことはわかっているのにそれができない、ということでしょうか。実際、私たちにはわかっているのにできない、ということがよくあります。

 

 自転車に乗れるようになったときのことを思い出していただけますでしょうか。(まだ乗れない方は、練習した時のことを思い出してみてください) ハンドルにつかまりサドルにまたがり、ペダルをこぎます。やるべきことはこれだけなのですが、いったい何度転んだことでしょう。 しかし途中挫けそうになりながらも練習を続けているうちに、いつの間にかスーッと進むことができるようになります。 (もちろん個人差がありますが)これは、頭と体が自転車に乗る「コツ」を掴んだということです。

 

 「コツ」の語源は、漢字の「骨」という説と、雅楽の笙(しょう)の竹の名前から来ているという説があるようです。

 

 まず前者です。「骨」は体の中心にあり、体を支える役目をしていることから、人間の本質や素質などを意味し、そこから物事を支えている本質部分、主に仕事や技術などの要領、勘所を意味するようになったという説です。 続いて後者です。笙の17本の竹にはそれぞれ名前が付いていて、その中でも「乞(こつ)」は直接見えない一番遠い所にあり、その小さな孔を左手の薬指で押さえなければなりません。 これが上手にできるようになることを『「乞」をつかむ』というのだそうです。どちらの説からも「コツをつかむ」ことの難しさが伝わってきます。

 

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苦労してつかんだコツは体から離れることはありません。意識しなくても自然にできるようにもなります。 また「コツをつかんだ」という経験はその人の自信にもつながります。コツをつかんで出来るようになった、という感覚は何ものにも代え難い経験なのです。 とかく今のご時世は、なんでも手っ取り早くできるようになることが良しとされています。 しかし、人間関係や生き方といった重要な問題においては、他人の意見を真似るのではなく、失敗を何度も繰り返しながらコツをつかんだほうが、遠回りのようで一番確実なのではないでしょうか。