創立50周年記念誌 幸せな未来をつくる対話の力
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21   ○当時の医療現場では、患者本人へのガン告知はほとんどされず、患者は「もしかして私はガン?」という答えのない不安に悩まされていた時代。「妹が○○という薬を投与されているが、ガンの薬か」という相談が、実は患者本人からの相談だったということも。 「ガン=死」と考えられていた当時、同様の相談はよく入りました。○「家族で公園へ。父親は4歳の娘にせがまれ肩車をして階段を下りた時に足を踏み外して転倒。救急車で運ばれたが『脊髄損傷』となり動けなくなってしまった。子どもは小さいし、何をどう考えてよいかわからない。この病気は回復する可能性はあるのか」 若い母親からの泣きながらの電話。相談員もその状況に言葉に詰まることも。 また、当時社会的にも電話で相談ができるシステムは少なかったことから「健康相談」窓口には、さまざまな相談が寄せられました。Column約30年前の相談事例から○「どうしてくれるの!家の中は、割れたガラスだらけよ!」 と第一声。 怒ってかけてこられたので、お話を伺うと、高校生の息子さんが学校にも行かず家で暴れているとのこと。まだ「家庭内暴力」という言葉が一般的ではなかったころのこと。「どうしてくれるの!」と、顔も知らない相談員に気持ちをぶつけることで、発散していたのかもしれません。 相談員は母親の怒りを辛抱強く受け止めました。○「息子が、肥満で困っている。あまり外に出ないし運動は嫌い。何か良い方法はないか」 「仕事をやめて、一日中部屋から出ない。話もせず人が変わったようだ。どんなことをしたら元に戻って働いてくれるか」 どちらも30~40歳代の男性のこと。今では多い「ひきこもり」の相談が、当時すでによく入電し、相談員同士で「最近、家から出られない男性の相談が多い」と話していました。○ 「会社が合併。合併先企業の上司にいじめられている。転職するのは悔しい。辛くてしようがない」と職場での悩みも寄せられた。今で言うハラスメントの相談である。2019年現在の「健康相談」1987年当時の「健康相談」情報、ベビーシッター情報は綿密に調査した結果を提供。相談員の応対に関する利用者の満足度を定期的にリサーチし、良い意見も改善点も把握して、より良い相談対応に活かしました。また、子育て、介護、健康、メンタルの複数メニューを1つの窓口で一旦受け付け、内容に応じて専門の相談員が応対する仕組みは、その後の顧客向けサービスにつながっています。 この後、1996年に開始した「アディア(アデコ)サポートダイヤル」では、派遣登録スタッフが派遣先で働きやすいよう、悩みごとなどの相談を受け付けるサービスを提供しました。この頃から、組織で働く人たちの悩みに対応するサービスが増えていきました。

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