ハラスメントにかかわる問題2018年、財務省事務次官のセクシャルハラスメントが話題になりました。ニュースなどを見ていると、事務次官を擁護するような意見も少なくありません。能力と人格は別ととらえるべきだとの意見もありましたが、ハラスメントの問題では、仮に能力があってもその発言内容や人格を問題視することが昨今の風潮です。それでも、一部で「ハラスメントを受けた被害者にも原因がある」という意見が後を絶ちません。特にセクハラ問題では「油断していた女性が悪い」「女性もその気だったのでは」というような意見が出てきてしまいます。被害にあった女性が勇気をもって告発すると、「問題を大きくした」「黙っていればいいのに」といった二次被害にあうことも少なくありません。なぜ、第三者に被害者を責める心理が生じてしまうのでしょうか。人は、自分に悪いことが起きたら「運が悪かった」と考える一方で、他人に悪いことが起きたら「日頃の行いが悪いから」と考えがちです。「努力は報われる」「お天道さまは見ている」「世界は公明正大である」と思いたいのです。そうでなければ、私たちは安心して生活を送ることができません。良い人には良いことが起きるし、悪い人には悪いことが起こり罰せられる、そういう世界であって欲しいという願いがあります。「パワハラを受けた」「セクハラされた」と訴えると、被害者のほうが悪者のように扱われる原因の一つがここにあります。「悪いことが起きたのは、その人が悪いことをしたから罰を受けたんだ」と思うことで、ハラスメントが、誰にでも起こりうることではなく、被害者のせいだとするのです。そうすることで「自分とは無関係なこと」として、自分を安全地帯に逃がそうとするのです。当然ながら、ハラスメントを受けたのは、被害者が何か悪いことをしたからではありません。仮に被害者側になんらかの落ち度があったとしても、ハラスメントを行ってよいことの理由にはなりません。ハラスメント電話相談を受けていて感じるのは、以前は「長くこの職場で働くためには自分が我慢するしかない」との相談が多かったのが、「長くこの職場で働くためにもハラスメント問題をそのままにしておいては心身が壊されてしまうから会社に対応を求める」という動きです。これからますます声を上げる人が増えていくのではないでしょうか。社会の根本にある意識から変えなければならない、そういう時代が来ているのです。ハラスメントは、時として企業の存続を脅かすほどの大問題となります。問題を未然に防ぎ、被害を拡大させないために、まずは被害者が安心して訴えることができる状況と被害者が責められない風土を作る必要があります。そのために「なぜ被害者を責める心理が生じてしまうのか」を理解しておくのは大切なことです。2018年5月25日配信第116号25被害者を責める心理
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