第22回CSRセミナー「日本大震災における事業復旧までの実体験と今後の取り組み」

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第22回 CSRセミナー
「震災体験から考えるリスクマネジメント」

「東日本大震災における事業復旧までの実体験と今後の取り組み」

会田和子氏 講師略歴
株式会社いわきテレワークセンター 代表取締役
会田 和子氏

いわきテレワークセンターとは

 いわきテレワークセンターは、福島県いわき市で事業をしている小さな企業です。今回の想定外の災害にはいろいろと勉強させられ、どこまでできて、どこがダメだったか、ということがよくわかりました。
 私がいわき市で事業を始めるときに、地域の雇用を増やす、地域の情報が集まるプラットホームを作るなどいろいろと考えましたが、皮膚感覚として地域貢献事業そのものに取り組むのだと意識しながらやってまいりました。これはまさにダイヤル・サービスで教わった、地方で新会社を作るときに、目に見えない価値に向かって事業を作っていくすばらしさを意識しながらやろう、ということでした。東京から離れていても仕事ができる、地理的に不利な条件を克服して、マーケットをいかに作るか、という思いで会社を立ち上げました。
 多くの人材は、東京に優秀な人が集まってしまいます。ですが本社はいわき市にあっても、そこにフルタイムで通うという形態にとらわれなくてよいのではないか? 弾力的な雇用というものを考えないと、地方ではビジネスチャンスを作っていけません。場所や時間にとらわれない働き方を大事にするセンターということで、社名をテレワークセンターと名づけたわけです。
 現在は、正社員、契約社員、パート社員がいわき市と福島市で約200名働き、自宅でパソコンとインターネットを使いながら働いている方が約200名いるという状況です。いろいろな試みをしながら地域の目に見えない価値づくりに取り組んで17年目に入りました。現在は主にコールセンター業務を運用しています。

いわきテレワークセンターのBCP(事業継続計画)

 コールセンターのクライアントである首都圏企業との信頼を作り、事業を継続していくためには、BCPが前提にないといけないということで、いろいろと想定しながらマニュアル化しました。これがベースにありましたので、今回も緊急対応としてはスムーズにいったのかなと思っています。私どものビジネスでは、BCPの一番の狙いは台風や地震ではなく、むしろ、インフルエンザの流行(パンデミック警告)や大きなシステムダウンでした。インターネットで仕事をしているので停電になってしまう状態が非常に困るのです。
 自然災害、パンデミック等の緊急事態への対策は具体的にチェック項目としてあげ、社内教育を実施しています。事業活動をいかに早く復旧させるか、細かく決めて、取り組みをしています。対象はコールセンター業務です。コールセンターはクライアントの向こうに本物のお客様がいます。そのお客様に迷惑をかけないというのが重要です。復旧に1時間かかるのか、あるいは3日かかるのか、そういうことがいつも検討の中心であるということです。コールセンターの他に、在宅ワーカーの力を借りて仕事をしている業務があります。自宅で仕事をする方に毎日納品していただき、約50万データの処理体制を作っています。毎日納品ですから損害が発生すると非常に大きいとみています。クライアントの基準は、毎日どんなことがあっても、99.5%はきちんと納品することが条件として設定されています。このあたりの対策を重要視しています。

3.11に関する当社の対応

 3月11日午後2時46分、震度6弱の地震にみまわれました。本社の5階におりましたが、かなり長く横揺れしていたのでお客様と3人でテーブルの下にもぐりました。いわき市職員が「避難してください」とスピーカーを持って町中を歩き、私たちも公園に避難しました。スタッフは自宅がどうなっているかが気になって仕事にならず、停電もありましたのでやむなく業務停止に。しかし、そのあいだも在宅ワークの仕事をしてくれている方もいて、予定に狂いなく納品ができました。
 翌3月12日は自社内に緊急対策本部を設置。13日から完全に業務を停止しました。在宅ワーカーの方たちは自宅から避難することもなく「やれます」と言ってくれたのですが、原発事故でいわき市も危ないということになり、14日頃からはいわき市民の多くが他都道府県に避難したため、静かな町に変わってしまいました。ガソリン切れで通勤もできず、マニュアル通りにはいきません。クライアントとは業務を3月一杯停止にしましょう、という相談をしました。しかし、お客様対応を専門とする「お客様センター」は3月20日ぐらいから「これ以上お客様センターを開かないのはどうか」「いわきが3月中にオープンできないなら他県でやらざるを得ない」と指摘される状態になり、3月中に業務を開始しました。4月11日に再び震度6弱の地震がおこり、インターネットが止まるなどいろいろありましたが、なんとか乗り切ってきたという状況です。

 この時点で一番困ったのは在宅ワークの問題です。在宅ワーカーは30代の子育て中のお母さんが多く、小さい赤ちゃんを持つお母さん方が、いわきにはいられない、と他県に移動してしまい、いつ戻ってくるか検討がつかないというのが3~4月の状況でした。いわき市には原発から20~30㎞圏内の人たちが多く避難していて、元々35万人の人口が40万人ぐらいにふくれあがっています。でも、小さいお子さんを持つ方たちは他のところに行っているような状態だと思います。いわき市は工業団地が充実していて転勤族が多い町です。テレワークセンターを支えてくれる女性たちは、他県から転勤してきて新しい働き方に興味を持ったお母さんたち。その人たちがいつ戻ってこられるかわからないということで大変困りました。
現在ワークプレースがいわき市と福島市にあり、そこで施設補完をしあうというBCPをイメージしていました。さらに施設間を補完するのが在宅ワーカーです。  いわき本社に何かあった場合は福島センターが補完します。いわきに台風や土砂崩れが起こって通勤ができなくなったら朝8時には福島センターに連絡し、福島で対応するとか、稼働日でない在宅ワーカーたちに各センターのフォローを依頼するなどを約束しています。また、私どもにコールセンター業務を委託している企業では、全国レベルで補完環境を作っています。本社は東京、仕事をするワークセンターは仙台、札幌、広島、いわき、釧路に分散。広島センターはよく台風で通勤できない事態になったりするのですが、今日は広島が何%落ちるので、いわきはちょっとアップしてくれないかというような取り決めをしています。その日に発生した事柄について柔軟にカバーリングするという体制です。当社はクライアントからの要望を受け、さらに在宅ワーカーの中からも当該業務ができる人に稼動を依頼するパワーシフト体制で対応しています。

 クライアントと当社は今回、よりはっきりと今後のパワーシフト体制を確認しました。クライアント側の前提条件のなかには、在宅ワーカーは入っていなかったのですが、大震災を契機に在宅ワーカーのパワーが確認できたので、今後は5対5くらいでセンターと在宅の体制を整え、何かあってもシフトできる体制にしようと考えています。
 よかったのは、クライアントの在宅ワークに対する関心が高まったこと。在宅ワーカーをネットワークして共同体制をつくりながら効果を上げるということがはっきり見えたということです。現在はサテライト体制の拡充をしていますが、在宅ワーカーとの共同体制も拡充しています。それは東京の節電対策にも効果を発揮するだろうという認識ですすめています。

当社が考えるリスク対策

 いつも経営の立場でリスクとは何かを考えていますが、リスク対策マニュアルを作っても、それが日常的に運用されないとなんの意味もないということを痛感しています。モチベーションの高いセンター運営ができるか、ということがリスク対策の一番大きなポイントだと改めて感じました。事態が深刻になればなるほどマニュアルどおりには進まないということです。今回も反省をしながら設定の見直しをしていますが、まずその通りにはいきません。ですから社員全員が普段からモチベーションを高くもって、それを客観的に評価し、悪いところは見直して合理的に円滑に進むようにしてあるかを確認します。
 他社の大規模コールセンターもそれぞれ工夫しながら、2週間程度で復旧していますが、私たちは福島といわきでうまく補完しあいながらやれました。パンデミックの状況でも、風邪で欠勤が多いといったときでも、日常的に補完しあい、柔軟に対応する習慣を持っていたことが非常によかったと思っています。

  もうひとつのリスク対策は、普段からクライアントとの信頼構築をしておくことです。そうすれば今回のような大規模な非常事態に対しても、クライアントの理解を得られ、相談しながら業務開始までのプロセスを共有できます。会社がお客様の信頼を勝ち得るために何をするか、信頼をどう作っていくかということを創業のときからやってきたわけですが、クライアントが私どもの会社を育てるという思いもあって、BCPも一緒に検討して目標数値をつくることができました。そういう点からも普段からどうしているか、が問われるということを実感しています。

 今回の震災で、センター再開までに3月一杯かかったことが、長いのか長くないのかということについてはクライアントとも意見交換がありました。インフラがストップしていたことは事実ですが、原発事故がなければ、1週間、あるいはもっと早く、バックアップ電源で再開できたかもしれません。ですが、人が働くか働かないか、この町に住むか住まないか、は社長特権では決められません。在宅業務は4月一杯規模を縮小して維持せざるを得ず、6月の時点で約70%までしか戻らないという状況です。放射線の問題をどう考えるかは個人差もあり、会社としてもいわき本社でいいのか、ということも検討しているような状況です。従業員には結婚前の若い女性、男性も多く、彼らがたとえ放射線量は低くても「ここには住めない」と思えば、認めざるをえない問題だと思っています。
次の弊社の展開としては、本社や福島センターのほかに、同様の業務ができる場所を安全な他県に分散化する方向でオフィス作りを模索しているところです。
 ご清聴ありがとうございました。